“二人が出会ったのはハワイ”
夫の恵治さんと令子さんはそれぞれ別の仕事でアメリカに住んでいましたが、ハワイで出会い結婚しました。 その後宮古島に住むご両親のこともあり日本での定住を決意し、宮古島に来ました。 実は令子さんは宮古島生まれですから、彼女にとってはUターンになります。
“自分のために始めた書道が、5年で七段に” 宮古島に住み始めて2年ほどたったとき、「自分を高めるために」、と書道を始めました。
いざ始めると、書道は自分が思った以上に打ち込める要素が多く、真剣に取り組んだといいます。
有段者になってからは書道教室も開き、指導にあたってきましたが、今後も書道家として多くの秀作が生まれることでしょう。
“民宿とお弁当ショップ”
夫の恵治さんは、島内の養護老人施設に勤めるサラリーマン。 ただ20年以上のアメリカ生活で身についた、台所の片付けから洗濯まで、家事全般に協力する習慣は今でも健在です。
また、このような父親の背中を見て育った3人の子供たちも、実に協力的。
そこで令子さんは、長年実行したかった民宿の経営を行うことになり、開いている部屋を使って全国の人に出来るだけ多く、宮古島らしいくつろぎを感じてもらうことになりました。
“エスカレートしてお弁当ショップ”
料理大好きの令子さんは、夫、子供たちそして “おじいちゃん” の協力を取り付けて、お弁当ショップもはじめました。 島野菜を使ったお弁当は人気が高く、旅行者だけでなく地元の人の間でも森田屋ファンが大勢できました。
“今からアーティストとして本格稼動”
マルチタレントと行っても良いほど、多くの才能を生かし、たゆむことなく前進を続ける令子さん。
令子さんは 「書道の道を究めることもひとつのゴール」 と考えていますが、より多様なアート作品の制作活動を行いたいと考えており、現在そのための表現手法を研究中です。
*編集部よりお詫びとお知らせ!
今回は令子さん中心のレポートになってしまいましたので、近日中にご主人、恵治さんのお話を続きとしてアップデートいたします。
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| 令子さんの指導風景 |
| この写真、ミラーイメージではありません。 見ての通り左手に筆を持たせての手ほどきです。 令子さん自身もかっては左利きであり、左利きの子供たちも無理なくお習字が楽しめ、上達できるよう、感性重視で子供たちの才能を高める指導をしています。 |
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